阪奈会は、奈良県立医科大学医学部医学科同窓会大阪支部で、大阪で診療または在住している同窓生の親睦を目的とした集いです。年2回講演会と診療報酬研修会を開催し、大阪での同窓生同士による医療連携や趣味での繋がりを紡いでます。
「阪奈会の発足」
昭和40年代の初めごろ、大阪で開業する奈良医専や奈良医大の卒業生の有志が集まり、大阪で同窓会的なものを作ろうと発起した。発起人の中心となったのは、木下為弘先生(昭和26年卒)、川崎芳春先生(昭和27年卒)、阿部圭助先生(昭和29年卒)、原省吾先生(昭和29年卒)の4人だった。そして、昭和44年5月25日に天満の中華料理店で設立総会を開催した。
発会の趣旨は、会員の相互扶助・毅睦であった。会の名称は阿部先生の発案で「阪奈会」とした。この会の開催準備に当たり、4人は原先生の診療所に集まり、同窓会名簿と医師会名簿を突き合わせながら約100名の卒業生に案内状を送った。当時は便利な印刷機もなく、徹夜で宛名を手書きした。
昭和44年10月19日に第1回の臨時総会が開催された。参加者は42名であった。
前列中央が川崎先生、その右が木下先生、左が巽祐彦先生(昭和25年卒)、そして左へ原先生、村上叡先生(昭和37年卒)、阿部先生と続きます。そして、最後列の左から2人目が三橋先生。会場は天王寺の旅館「新宿」の大広間。
「阪奈会の組織」
発足当初は、親睦団体として会長制をとらないで、常任幹事の合議制で運営してきた会であった。
昭和60年に実質的に会長のような立楊で阪奈会を牽引してきた原先生の提案で、会則の変更がなされ、会長、副会長、理事、監事などの役職を決めて新体制で運営することになった。初代会長には野崎先生、副会長には寺西範年先生(昭和36年卒)、可児敏紀先生(昭和43年卒)が選出された。会員数増加にも注力いただき、開業医のみならず、病院勤務医や府内在住者にも入会の資格を拡げていただいた。
平成7年に可児先生が会長に就任された。可児先生は昭和56年から幹事(世話人)を担当されていて、総会や懇親会の開催は元より、会誌の発行やゴルフコンペの企酉など多方面にご活躍いただいた。
平成13年から村上叡先生(昭和37年卒)が会長を務められ、さらに、平成22年7月より村田省吾先生(昭和47年卒)が会長を務められ、長年尽力された。
令和元年に創立50周年を迎え、7月27日に創立50周年記念総会が盛大に行われた。(写真)
令和6年から澤田秀智先生(昭和57年卒)が現会長となられ、会を運営されている。
「総会および懇親会」
年1回の通常総会と臨時総会が開催されていたが、臨時総会が保険医療懇談会となって年1回開催されるようになって現在に至っている。
「ゴルフ部」
第1回コンペは昭和52年に吉川CCで開催された。以来年2回ずつ開催されている。
「囲碁部」
木田勝康先生(昭和31年卒)、吉矢久人先生(昭和39年卒)はじめ発起人の先生方の呼びかけで、第1回囲碁大会が平成8年7月14日に枚岡医師会館で開催された。その後、囲碁部例会として年3回開催されている。最近は、ホテルアウィーナで開催されている。
大学同窓会への協力
昭和55年ごろ、大学同窓会の活動は沈滞の方向にあり、阪奈会の多くの会員はその実情を憂い、大学同窓会の再建に助力を惜しむべきでないと考え、物心両面の支援を行った。その甲斐があって、昭和60年に奈良医大再建同窓会第1回総会が開催された。
その後も大学同窓会の役員に常に10名前後の会員を送り運営に協力している。
歴代会長として、阪奈会会員から木下為弘先生(昭和26年卒)、吉村隆司先生(昭和35年卒)、小味淵智雄先生(昭和40年卒)がご活躍された。現会長高橋優三先生(昭和49年卒)は、阪奈会会員である。